長いこと夫に寄り添うことのなかった彼女は、気持ちはあっても、寄り添い方がわからなかったのではないでしょうか。また、そこにくるまでに彼女が夫から受けた心の傷を思う時、どれだけ彼女が複雑な気持ちだったことか。想像すると、闇に足を踏み入れるような気持ちになります。人間は、人を許しきるほどやさしくもなければ、憎みきるほど残酷にもなれない、本当に半端な存在です。憎みそうになる自分をなだめ、許す自分を悔しがる自分をなだめるために、彼女はただただ、「しかたない」と繰り返したのではないかと思うのです。そんな彼女の前で衰えていく彼には、もう彼女の姿も見えないようでした。合わない視線を宙に漂わせては、何かをつかむように手を広げるだけ。そんな時間もやがては短くなり、半開きの目のまま、不規則な呼吸だけが響くようになりました。個室に泊まるようになった彼女は、夜も横にならずに彼に付き添っていました。「少し横になったらいかがですか」「ありがとうございます。適当に横になりますから大丈夫です。座っていても、うとうとしていますし」最後の一週間はほとんど眠らず、それでも彼女は、乱れた感じをまったく見せません。その姿は、二人の硬い夫婦関係を、うかがわせるものでした。彼が亡くなったのは、明け方で、最初に見つけたのは妻でした。結局娘は間に合わず、他の親戚も来ない、妻だけの看取りだったそうです。一瞬遅れて、心電図の異常に気づいた看護師が部屋に駆けつけると、彼女はすでに、全てが終わったかのように、片づけものを始めていたと言います。