愛読者になろう

2011.04.26

教師をもつ最良の方法は、その人のいい読者になることです。第一、物を書いたり、発表したりする人間にとって、自分の本を買って、読んでくれるぐらい嬉しいことはありません。読者になられることを気持ち悪いという人は、おかしい人、変人だから、つきあわなければいいのです。本とだけつきあうだけでいい。読者としてのつきあいでは、先生が書いていることだけを学べばいいのです。時間も手間もとりません。効率的でもあります。不明の個所は手紙等で聞けばすむ。先生の醜悪な部分を見たり、それとつきあわなくてもいいわけでしょう。もちろん、先生には直接会っていい人が稀にいます。私の場合、飯島宗享(束洋大学、故人)先生でした。飯島先生とは、先生に師事していた山田全紀(大阪産業大学)さんと三人で「旅」に出て、酒を挟んで先生のお話を聞く極上の喜びがありました。エメラルドの入り江を見下ろしながら、酒と少しの肴を前にして、半ば寝そべるようにいつまでも話し込んだ日々のことは、忘れがたく私の頭に焼きついています。ただし、人間というのは、いい読者になったら、もう少し踏み込みたいわけです。読者以上のものになろうとします。会いたくなる。会って親しくお話をしたくなる。ここがむずかしい。でも、いい読者でいようと思ったら、会わない方がいい。会う場合も、最小限にしたらいい。文通、ないしは、インターネットでメールを交換するぐらいで止めておく方がいいでしょう。マルクス主義哲学者の廣松渉先生とは、数回会いました。しかし、哲学の議論ではなく、人間を紹介してもらうということが主題でした。それなのに、私よりも先生の方が緊張されているようで、そういうものかな、と再確認しました。つまり、弟子(と思っているもの)が会いに行くのは比較的やさしいが、教師(と思われているもの)の方は会うのがなかなかやっかいな気持ちにさせられる、ということです。それが会ったときの雰囲気を規制するのですね。
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