疑問に対して、自分なりに納得の行く説明を探してきた。なぜ割り切れないものを感じるのか、模索をし続けてきた。そして得た答えが、次に述べる魔法使い論である。たとえば顔のヤケドで、誰が見てもひどいケロイドが残ったとしよう。命に別状はなくとも、それをできるだけきれいにしてあげるのは、僕たち形成外科医の本来の仕事だ。その手術には誰もためらわないし、納得してもらえる。では、それがどれくらいきれいになればよいのか。それを決めるのは患者さん本人で、まわりの人や僕たち医師ではない。まわりの人がこれはひどいケロイドだと思っても、本人が気にならなければ手術の必要はない。逆にまわりの人が大したことはないと思っても、本人が気に病んでいるのなら手術の必要がある。さてそこで、もし僕が魔法使いで、杖でちょっと触って呪文を唱えれば、たちどころにきれいに変身するのなら、おそらくその力を使うことに何のためらいもないだろう、ということに気がついた。魔法使いと美容外科医の違いは、当たり前のことだが、僕たちの手術は「杖でちょっと触って呪文を唱える」魔法ではない。痛みを伴うし、傷をつける。そして結果もいつも百パーセント満足とはいかない。せいぜいのところ、七〇〜八〇パーセントといったところだろうか。とすれば、美容外科そのものに何もやましさはない。その不完全さだけが問題なのであって、それをより完全に近づけるべく努力するのが務めである、ということになる。僕は自分のしていることに懐疑的になるたびに、この魔法使い論に立ち戻って、ためらう心にむち打ってきた。
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