「居は気を移す」という言葉があります。「居」は住まいのことです。住む家によって、人の心は変わるものだ、という意味でしょう。たしかに人間は環境によって左右されることがあります。たとえば天井の高い家で育った人間は、将来、気宇壮大な考え方を持つ人物になる、との説もあります。なるほど、そんなこともあるかもしれません。ところで服装はもっとも身近な環境ではないでしょうか。私たちは誰でも、服という家に住んでいるのです。住居や環境はそう簡単には変えられない。けれども服なら、いとも簡単に変えることができます。誰だって、好きな服と嫌いな服があるでしょう。誰だって気持ちの良い服とそうでない服があるでしょう。いつでも気持ち良い服に住んでいる人は、そうそう不機嫌になるものではありません。つまり「衣は気を移す」ともいえるのではないでしょうか。服装は自分の感情をコントロールする道具でもあるのです。そして、「気を移す」ための手順は、実に簡単です。アレを脱いで、コレを着れば良いわけです。まったく自由に脱ぎ、まったく自由に、自分にとって心地良い服を着ることができます。これは人間だけに許された特権なのです。たしかに孔雀は美しい服を着ていますが、それを脱ぐことも着ることもできません。このように考えてくると、服装とは人に見せるためでなく、むしろ自分自身のためにあることに気づくでしょう。そして誰しも自分の心は操れないが、服なら操れることにも思い至るでしょう。もちろん服を操縦することによって、心を調整しようという作戦なのですが。いずれにしても、このささやかな本を読むことで、服を親友にしていただきたいものです。服を親友だと考えれば、いつも心を幸福にしておくのは、それほど難しいことではありません。
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